Tree of Life

生命の樹カウンセリング

~生命の樹を立てる~


生命の樹(Tree of Life)は「セフィロトの樹」とも呼ばれ、天と地のエネルギーをつなぐ命のサイクルと命が「受け取る」ものすべてを表したカバラの奥義に連なる神聖な図形です。

10個の「セフィラ」とセフィラをつなぐ22本の「パス」からなり(セフィロトはセフィラの複数形)、モーセが神から伝授された思想を図式化したものといわれています。

それぞれに意味をもつセフィラに、一人一人違う「スピリットカラー」を当てはめ、命の青写真、魂のブループリントを描きだします。

自分だけの生命の樹を立てることは深い意識の底に眠る自分自身の生命の意味を思い出させ、本来の自分にチューニングを合わせる助けとなり、生命の樹を紐解くことで、人生のステージに合わせた「受け取り」をサポートしてくれます。

生命の樹セッションで、あなたが受けとるものは

・魂の使命、価値観

・自分の本質、才能

・潜在的な能力、エネルギー

・天職、具体的に形にするもの

・人生を好転させるヒント

・金運や豊かさの循環法

・子供時代に植えついた思い込み

・今生のチャレンジ

・今すべきこと

・あなたが社会に貢献する形

・結婚観やパートナーとの望む関係性の築き方

・身近な人や第三者から見たあなたの印象


生命の樹カウンセリングは一生に一度受け取ればよく、あなたの樹は生涯変わることはありません。


これまでの人生に一切無駄なことはなく

すべてはここに辿り着くためのもののだったこと

必要なものはすべて「在る」ことに気づきます

《生命の樹カウンセリング》の詳細はブログでご紹介しております → こちらからどうぞ


上に在るものは下に在り
内に在るものは外に在る


古代エジプトの錬金術師ヘルメス・トリスメギストスの教えをまとめたとされる「キバリオン」にでてくるこの言葉はカバラの奥義のひとつであり、宇宙と人間を繋ぐ法則を表しています。


「上に在るものは下に在る」

物質次元と高次元はつながっており、おなじ仕組み、構造です。

ミクロの世界と無限に大きな世界が基本的に同じ法則によってできあがっていることは量子力学でも知られています。

「神はご自分をかたどって人間を創造された」という聖書の言葉は、姿かたちのことではなく、

「愛」や「調和」「自由意志」といった性質そのものを似せて作られたという意味なのです。


「内に在るものは外に在る」

自分の内側が外側に現れる、起こることすべては自分が作っているという考え方があります。

難しい学問を学ばなくても、古来人々は感覚的にこのことを知っており、「人生訓」などによって伝えられてきました。

現代では「なんとなくわかる」「わかってるけど難しい」訓戒として受け取る人が多いかもしれません。


高次の在り方から自分自身の情報を「受け取り」、自分の内側を整えることによって幸せを「引き寄せる」

こう考えると「受け取り」と「引き寄せ」はセットですから、どちらかだけにフォーカスしてもなかなかうまくいかないのも頷けます。

実は人はそれぞれに自分に必要なものをあらかじめ持ってうまれ、人生の経験を経て、花開いていくようになっています。

そういう意味で、すべての人はありのままで完全ですが、自然や神(高次)とのつながりが薄くなった現代では魂の声を聴くことは難しくなり、「受け取り」そのものが難しくなってしまっているのです。

自分で自分がわからない、不足はないのに生きている感じがしない、「ありのまま」がわからない…。


ただ「私」に従って生きる。外と比べたり、戦ったり、周囲を従わせたり、従属したりする必要はありません。

「内にあるものは外にある」のですから、あなたが戦っているのは自分の影なのです。


自分自身を知ることは「受け取る」こと、自分自身に従って生きることは「引き寄せる」こと。

広い世界にあなたはただひとり、代わりのいない人生をより深く見つめてみませんか?


I AM THAT I AM
私は私で在る


私は過去にも在った 私は今も在る 私は未来にも在る 私は在りて在るもの…と続くこの言葉は、聖書の物語の中で予言者モーセがシナイ山の頂上で神と対面したとき、「あなたは誰か」と問いかけたときの神の返答です。


カバラのもう一つの奥義を示すこの言葉。

「在る」とは普遍に満ち満ちていること。そこら中に存在している、ないところはない、と言い換えることもできます。

私たちは「ある」ものを当たり前に享受する反面、「ないもの」「足りないもの」を常に意識しています。

でも、身近なところでは大気や重力、地球の自転や海の満ち欠け、深く考えれば生まれてきたこと、生きていること、

すべてが神秘であり、少しの狂いで大変な結果になる、精妙なバランスで出来上がっています。


神(すべてであるもの、命を生み、育み、守っているもの)はどこかから現れるのではなく、いつも「在る」「周囲に満ち満ちている」のです。


「上にあるものは下にある」のですから、神がそうなのであれば、あなたもそうなのです。

あなたにどこも欠けたところはありません。

「在る」ものを見ないから、まるで不完全なように感じているかもしれませんが、あなたも既に満ち満ちて完全です。

「私は私で在る」とはそういう意味なのです。


すべて「在る」ことに気づくこと。

フラワー・オブ・ライフの世界の中心で「私」として生きる(在る)。

二つの奥義がひとつになるとき、人として目覚め、自立し、すべてが調和していくのです。